二葉亭四迷「浮雲」を読む(5)

浮雲』の文庫本を読もうと外に持ち歩くと、鞄の中で本が動いて擦れてしまい、カバーが汚れる。そのためブックカバーを用意しようと思う。一応ブックカバーは一つ持っているのだが、『浮雲』は岩波文庫版と新潮文庫版と2つあるのでもう一つ欲しい。同じものをもう一つ買えばいいと思ったが、同じブックカバーの本が2冊あると一目でどれがどれだか分からなくて不便だし、たいしたこだわりがないのに愛着があると周りから勘違いされるのも癪に触る。

 そういうわけで別のブックカバーを買おうと池袋のジュンク堂を散策したのだが、なかなかいいものが見つからない。そもそもブックカバーが想像していたよりも値段が高い。いいかもしれないと手に取ると2,000円、3,000円とする。書籍を買うのに値段を理由に躊躇ってしまうことが多いのに、どうして気軽にブックカバーに3,000円を使えようか。値段の問題もあるが、それくらい値のはるブックカバーを使っていると、読書をするのが好きな人になってしまう気がする。本の中にはそれぞれ固有の時間が流れているはずなのに、ブックカバーをつけて優雅に読書を楽しんでいたら、本の中の時間が私の最高なひとときに侵食されてしまう。

 そうすると、デザインではなく本を汚さない、本が読みやすくなるという機能性を重視したブックカバーを探すことになる。ブックカバーの並んだ棚を見てみると目をひくものがあった。一見紙のブックカバーに思えるが、ポリエチレンファイバー製で丈夫だというもの。しかも布製のものより本とフィットして動かしやすく、さらにフリーサイズであるため様々なサイズの本に合わせられるというのだ。これはいいと思って買おうとしたのだが、なぜかデザインが百均のトートバッグのような妙に主張の強いものばかりで買う気が失せてしまう。加えて、機能性の良いものを使っているというのを周りから見られた時、あの人は機能性でブックカバーを選んでいるんだなと私の行動基準を悟られるのが気色悪いので、どうしても買えなかった。無地で革製のブックカバーを使っているのなら、どうしてこのブックカバーを使っているかなど考える余地はないだろうが、お世辞にも素敵とは言えないデザインでピッタリ本にフィットしているブックカバーを見られたら、どういう思いで私がそのブックカバーをレジに運んだのか、私の過去を推察される。それは恥ずかしく不愉快だ。

ファイバーフリーサイズブックカバー 夜空covers.holiday

 もうブックカバーを買うことができないとなると、本を買った時についてくる紙のカバーを使うしかないかと思う。だが、最近は本屋で本を買うときはレジにいる時間を極力減らしたくてカバーはいらないと言ってしまうし、セルフレジで本を買ったときは自分でカバーをつけるのはめんどくさいので持ち帰らない。そのためわざわざ『浮雲』につける紙のブックカバーは手元にはないし、そのために新しく本を買うのも馬鹿らしい。しかも、どの書店の紙のブックカバーを使うかも悩ましいところである。たとえばジュンク堂のカバーを再利用して使っているとなったら、ジュンク堂のカバーをわざわざ再利用して使いまわすなんてそれだけジュンク堂を贔屓にしているのかしらと思われないかときになってしまう。少なくともそんなことをしている私を私が見たらそう思う。

 また、紙のブックカバーを折っていると、本屋でアルバイトしたことを思い出す。大学1年生の春に1ヶ月だけ、今はもうなくなってしまった渋谷の丸善ジュンク堂書店でアルバイトしていた時のことである。そこは初めてのアルバイト先で、まず教えてもらった仕事の一つに、レジで本にブックカバーをかけるというものがあった。お客さんの前で早く丁寧にカバーをかけないといけないというのは、初めてバイトする私には耐えられないほど緊張感があったが、慣れてくると早くできるようになってきて少しずつ楽しくなっていた。

 そんなバイトをどうして1ヶ月しか続けなかったのかというと、1ヶ月で私がバックれてしまったからである。私はとにかく他人から怒られるのが嫌で、学生時代は今よりもその傾向が強かった。バイトを初めて1ヶ月ほど経った時、早番で出勤しようとしたら道中忘れ物に気づいて家に取りに行っている間に絶対に出勤時間に間に合わなくなってしまった。今ではアルバイトに遅刻する人なんてよくあることだし、きちんと先輩や社員に説明して謝れば良いだけのことだったとわかるが、とにかく遅刻して怒られたくないという思いばかりが強くなった当時の私は、そのまま渋谷のジュンク堂には近づかなくなり、フェードアウトしていった。どう振り返っても当時の私の行動は社会不適合者のそれである。そんな自分の弱さを再認識したくないので、あまり紙のブックカバーを触りたくない。

 そんなわけでいいブックカバーは見つからない。持ち運ぶときは最低限、濡れたりしないようにポーチに入れておこうとは思う。