二葉亭四迷「浮雲」を読む(3)

浮雲」を読んだ感想を事前にネットで調べてみる。作品途中で文体が切り替わるのを面白いと書く人がいれば、読み終えるまで1ヶ月かかった、途中で読むのを止めてしまったという人もある。どれも私が「浮雲」を読んだ後に思い浮かべる可能性のある感想ばかりだ。どうせこのくらいの感想を持つと分かっているのならわざわざ読む必要がないのではないか。

 荒川洋治が『文芸時評という感想』(四月社、2005年4月)を出しているのには勇気付けられることもある。「感想」なんて最近ではバカにされがちな言葉も、読者の自由な表現として扱っている。荒川が「本当の読書を続けていくためには、感想を積み重ねていくことが必要だと思う」と言うように、一時の感覚や他の評価に縛られずに自分の「感想」を持つのはかけがえのない経験だ。

 しかし、「本当の読書」に必要な自由な「感想」なんて、荒川のような読み巧者でなければ持てないとも思う。おそらく私のような読者はまともに本なんて読んでいない。通勤時間にYouTubeを見たり寝たりするのがなんとなく気が引けて、時間を有効活用しなければという強迫観念に駆られて読む。読む前に得た情報が正しいのかどうか確認するかのように読む。文学科の課題のためにしょうがなく要点だけおさえられるよう読む。おそらく作者が絶え間ない努力の末に書き上げた文章を、平気で飛ばし飛ばし読むのだ。そんな風に読んで自由な感想が得られるか。何も考えていないと思われたらバカだと思われるから、ネットに転がっている評価をサンプリングして、さも自分の感想かのように語るだけだ。こんな風に「感想」を持つというのは難しいことだから、『文芸時評という感想』は評価されたのだろう。

 それにしても、私のようにまともに本を読めない人はたくさんいるはずだ。「浮雲」の感想を書き込んだ人の中にも必ずいる。どうしてみんな簡単になにかを書いてしまうのだ。そんなに書くのが好きなのか。そんなに言語化するのが素晴らしいことなのか。出典元を記録したメモを紛失してしまったのだが、正宗白鳥自然主義文学盛衰史』(講談社学芸文庫、2002年11月)の中で引用されている、徳田秋声の「自分はひどい無性ものである」「自分はみずからの仕事を後から振返ることが出来ないほど、自分の仕事に自信がもてない。従って自分は作品を読みかえすのが、いかにも厭なのである」という文章に励まされた。日本文学史に残るような小説家にもこのような自己嫌悪があったのだ。書くことなんて好きではない。映画『響』の予告(本編は全く観たことがない)で主人公の響が「読むのも書くのも好き」と言っているのだが、きっとその域に達することは今後もない。だからこそ、簡単に思ったことを発信できる人の気持ちがよくわからない。

 ところで、YCAの学園祭が終了した。終わった後は反省しなければいけないが、気が進まない。「みずからの仕事を後から振返ることが出来ない」のは、どうしても引け目を感じてしまう。そもそも、反省するような活動をしていたとも思えない。最低限の活動はしていたと思うが、それ以上に周りの同期は尊敬に値するほど動いてくれていた。深夜まで台本を作成する人、動画や音源を作成する人、劇場の装飾をする人、リーダーシップをとって全員に連絡を回してくれる人、それに対して疑問に思ったことはすぐ質問して改善できるようにした人、講師や事務局の方とこまめに連絡をとってくれた人、tシャツの作成に参加した人、終電間際まで作業する人、公演当日は進行や音響に一日入っていた人、周りに気を配りながら運営に携わっていた人、その他きっと私の目に届かないところで動いていてくれた人。それに比べたらそもそも私に振り返るものがない気もする。自分の今までの生き方を言い訳にあまり参加できていなかったが、私の恥ずかしさや自意識は私固有のものであるわけがないので、恥ずかしいと思いながらも積極的に動いていた人もいるはずなのだ。もっとこうするべきだったという反省点は山ほどあるが、その質は周りと比べて低いと思う。

 それでも私にとって貴重な経験を得られたし、とても楽しかった。もちろん、特に感謝するのは講師の方や会場にお越しくださったお客様であるが、それと同じくらい同期には感謝しているし尊敬しているが、なかなかそんな気持は伝わらないだろうし、一人でももっと動いてほしかったと思う人がいたら何を呑気に感謝の気持を述べているんだとなりそうなので伝わらなくてもいいと思う。そんなものよりも、Xでパブサした時に見つかるお客様の感想のほうが大事だ。1人でも公演が良かったと言ってくれる人がいるなら、ここまでの頑張りが報われるので、そう考えると、だいぶ他の人よりかは遠回りしたが感想を述べることの重要さが身にしみた気がする。

f:id:yomuyomu46:20231004122648j:imagef:id:yomuyomu46:20231004122650j:image